武州下原刀
これは八王子西部の恩方・慈根寺・横川地区に散在していた 「下原鍛冶」と呼ばれる刀工が製作した刀である。
この刀工は、山本姓を名乗り「下原十家」と呼ばれる刀工群であった。この刀工群の栄えた年代は室町時代から幕末にかけてのこと、、、
現存する刀は、現在非常に少ない。何故か?下原刀は美術品と言うよりも実践用(耐久力抜群だそうです)に作られたごっつい刀で、身が厚く美しさに欠けるため、と言われています。
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下原刀の始祖
山本周重と言い,文明年間(1469年)ころの人,刀工総覧によれば文明元年
80才との記述が残されています。
下原十家
山本氏系の刀工は,宗家,本家,分家ともに十家におよび,銘鑑所載の刀工約100名,その他60名,合計160人もの刀工が幕末まで脈々と伝統の技をつないできました。
有名な刀工
周重(ちかしげ)=下原鍛冶の始祖 1469年代の人
康重(やすしげ)= 周重の次男で二代目「北条氏康(ほうじょう
うじやす)の康をもらって改名 」
国重(くにしげ) =康重より分家して山本但馬国重を名乗る
照重(てるしげ)=周重の子,康重の弟ともいわれ,北条氏照(ほうじょう
うじてる)の照を もらって照重を名乗る後に宗国と改名宗国家を名乗る
広重(ひろしげ) =正しくは金佐衛門広重 後に宗国家より分家して初代武蔵太郎安国となる
現存の下原刀
上下片鎌十文字槍・薙刀・短刀・刀・脇差し 昭和35年に594振りが登録されているが、現在は200〜300振りであろうと言っていた。内計89点が文化財に指定されたそうな。
是非、一振り欲しいものだ・・・。が、無いらしい。。
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絹の細道
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